無いかもしれない明日

...のことなど、人は考えない事が多いのではないだろうか。

眠りに落ちて、数時間後にまた覚醒がやってくる。

目の前に覆い被さってくる当たり前の日常を、まどろみの中で鬱陶しく思う朝を何度迎えたことがあるだろう。そして、明日もあさっても...毎朝己と戦いながら、己の果たすべきことをこなすため肉体のパーツにスイッチを入れる。永遠に続くようにうんざりしながら。

けれど、肉体のスイッチが入らなくなる瞬間がある日突然訪れる事があるのだ。

1度目は母の死で思い知った。
もう10年にもなるのに、その日の事は鮮やかに思い出せる。早朝電話が鳴った。母が死んだ、と。誰も予想しない死。前の晩まで笑って過ごしていた人が、朝になると冷たくなっている。
母自身はその瞬間、どう思ったろう..

そして、一昨日。いとこが死んだ。
母と同じ歳。母と同じ症状。朝になって冷たくなって見つかった。
彼女とは20歳くらい歳が離れているけれど、親戚付き合いのほとんどなかった私には唯一交流のあったいとこであった。

そういえば、私の祖母(母の母、いとこにも祖母)も同じようになくなったのではなかったか。私が物心つく前に鬼籍にはいったから、同じくらいの年回りであろうと推察される。

この家系のオンナは皆同じように死ぬのだろうか。

それならば、私はあと20年しか生きられぬ。





いや。誰が20年といった。




その日は明日かもしれぬ。いや。今夜かもしれぬ。






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